内は用人のほかに家来二人、中間三人、下女二人であったが、屋敷の滅亡と共に、皆それぞれに離散した。
正式の届け出があった以上、町奉行所でも罪人伝蔵のゆくえ探索に着手したのは勿論であるが、それは半七の係り合いで無かったので、今まで別に手を着けようともしなかった。しかし彼も大体の話は聞いていた。それを今あらためて直七と鶴吉の口から詳しく説明されたのである。
「まあ、親分。そういうわけでございます」と、直七は鶴吉をみかえりながら云った。「それをこの鶴さんと阿母《おっか》さんがたいへんに残念がっているのです。殊におっかさんはしっかり者ですから、どうしても此のままには済まされないと云っています。娘のかたきばかりじゃあない、御主人のかたきだ。福田の殿さまには長年お世話になっている。今度お屋敷が潰れたについて、御用人も御家来衆もみんな勝手に何処へか立ち去ってしまって、主人のかたきを探そうとする者もないのは、あんまり口惜《くや》しい。百姓でも町人でも、かたき討ちは天下御免だ。お前がその伝蔵をさがし出して、殿さまと姉さんのかたき討ちを立派にしろと、鶴さんに云い聞かせたのです」
勝気の母に激励されて、魚屋の若い息子は主人と姉のかたき討ちを思い立った。その以来、鶴吉は麹町八丁目の町道場へかよって、剣術の稽古をしていると云う。彼が瓦版を熱心に眺めていたのは、自分にもかたき討ちの下心《したごころ》がある為であったことを半七は初めて覚った。
「そこで、親分さんにお願いでございますが……」と、直七は云いつづけた。
「おっかさんも鶴さんも一生懸命に思い詰めているのですから、まあ助太刀をしてやると思召《おぼしめ》して、子分の衆にでも云いつけて、その伝蔵のありかを探してやっていただくわけには参りますまいか」
「何分お願い申します」と、鶴吉も畳に手をついた。
「いや、判りました」と、半七はうなずいた。「成程。おっかさんの云う通り、一季半季の渡り中間なんぞは格別、かりにも侍と名の付いている用人や家来たちが、あと構わずに退転してしまうというのは、どうも面白くねえようだ。だが、おまえさんが自分でかたき討ちをすると云うのも、ちっと考えものだ」
鶴吉は福田の屋敷の家来でない。主人の妾の弟に過ぎないのであるから、表立って主人のかたきと名乗り掛けるのは無理であろう。姉のかたきと云えば云われるが、伝蔵のような罪人は
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