けで、なんの獲物もなかったのである。それでは何のために重罪を犯したのか判らなくなる。彼は度胸を据えて、隣り屋敷の高木道之助の門を叩いた。高木は主人左京の本家で、次男の左京が福田家の養子となったのである。伝蔵は高木家の用人に逢って、主殺しの顛末をつつまず訴えた。
「これが表向きになりましては、五百石のお屋敷が潰れましょう。わたくしに三百両の金を下されば、黙って故郷へ帰ります」
 主人を殺した上に、その本家へ押し掛けて行って、三百両の金をゆすろうとするのである。その図太いのに用人も呆れた。
 しかしこの時代としては、これも強請《ゆすり》の材料になる。主人が家来に殺された上に、その家に相続人が無いとすれば、福田の屋数は当然滅亡である。この一件を秘《かく》して置いて、どこからか急養子を迎えて、その上で主人の左京は死去したように披露すれば、なんとか無事に済まされない事もない。そこへ付け込んで、伝蔵は本家から口留め金をまき上げようと企らんだのであった。
 自分が人殺しをして置いて、その口留め金をゆするなどは、あまりに法外である。憎さも憎しと思いながら、前に云うような事情もあるので、用人も迂濶《うかつ》にそれを刎ねつけることが出来なかった。
「これは自分一存で返事のなることで無い。しばらく待っていろ」
 伝蔵をひと間に待たせて置いて、用人はそれを主人に報告すると、道之助もおどろいた。ともかくも左京と妾はどうしたか、その生死を見届けて来いと、家来を庭口の木戸から隣り屋敷へ出してやると、主人も妾も絶命したと云うのである。道之助は憤然として用人に云い渡した。
「その伝蔵という奴、主人を殺した上に大金をゆするなどとは言語道断である。この上は福田の家の存亡などを考えているには及ばぬ。左様な不忠不義の曲者は世の見せしめに、召し捕って町奉行所へ引き渡せ」
 家来どもは心得て、伝蔵召し捕りに立ちむかうと、その姿はもう見えなかった。彼もなかなか抜け目が無い。用人の返事を待つあいだも、絶えず屋敷内の様子に気を配っていて、形勢不利となったのを早くも覚ったらしく、隙を窺って怱々《そうそう》に逃げ去ったのである。高木の屋敷の人々は自分たちの不注意を悔んだが、もう遅かった。
 高木と福田の両家から其の次第を届け出て、型のごとくに検視を受けたが、福田の家は予想の通りに取りつぶされた。福田の家には子供がなく、家
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