て江戸へ出たと云うのであるから、何が何やら殆ど夢中で、この不意の出来事についてはただ茫然としているばかりであった。
 ここで詮議しても埓が明かないと見て、半七はいい加減に切り上げて店を出ると、表に待っていた庄太が小声で訊いた。
「なにか当たりがありましたかえ」
「いけねえ、みんなぼんやりしているばかりだ」と、半七は苦《にが》笑いしながら云った。「おめえも知っている通り、この春はここらで唐人飴屋の一件があった。あいつは飛んだお茶番で済んでしまって、本当の奴はまだ挙がらねえ。今度の一件も何かそれに係り合いがあるのじゃあねえかと思う。ここらにゃあ安御家人がいくらも巣を組んでいるから、その次男三男の厄介者なんぞが悪い事をするのじゃあねえかな」
「そうかも知れませんね」と、庄太もうなずいた。「そうすると、その娘を引っさらって宿場《しゅくば》へでも売るのでしょうか」
「まあ、そんなことだろうな」
 二人は話しながら六道の辻へ引っ返して来ると、三人連れの男に出逢った。かれらは庄太にむかって、ここらに下総屋という米屋はないかと訊いた。その風俗をみて、庄太はすぐに覚った。
「おまえさん達は馬喰町の下総屋
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