摺られて、例の化け物屋敷へ封じ込められたのは、御承知の通りです。もちろん手足をくくって押入れに投げ込んで置いたのですが、今度は二人になったので、その翌日の夕方、ひとりの縄の結び目をほかの一人が噛んで解《ほど》いて、どうにか斯うにか二人とも自由のからだになって、そこを抜け出しました。時刻を測ると、わたくしが踏《ふ》ん込んだ少し前のようです。ひと足ちがいで残念でした」
「それにしても無事に逃げたんですね」
「ところが、無事でない。ともかくもそこを抜け出したのですが、夕方ではあり、土地の勝手を知らないので、何処をどう歩いたのか、迷い迷って品川から大森の海岸へ出てしまったのです。もう夜は更けて、眼のまえに暗い大きい海がある。そこらの漁師町へでも行って、なんとか相談すればいいのですが、年の若い娘二人、いろいろのひどい目に逢って、少しは気も変になっていたのでしょう。こんな難儀をする位なら、いっそ死んだ方がましだと云うので、二人は一緒に海に飛び込みました。幸いに夜網の船が出ていたので、二人とも引き揚げられましたが、息を吹き返したのはお種だけで、おさんは可哀そうに助かりませんでした。佐倉宗吾の芝居が飛んだ災難の基で、江戸へ死にに来たようなものでした。
 しかし金右衛門は浅手のために早く癒りました。これは茂兵衛のかたきですから、うかうかしていたら二度のかたき討ちをされて、おそらく無事には済まなかったでしょうが、茂兵衛や銀八が早く召し捕られたので命拾いをしました。為吉の傷は重いので一時はどうだかと危ぶまれましたが、これもふた月あまりで全快、国許から迎えの者が来て、金右衛門と為吉兄妹を引き取って帰りました」
「それから、道行の方はどうなりました」
 わたしが笑いながら訊くと、老人も笑った。
「この方はなんと云っても芝居がかりの粋事《いきごと》です。男も女も借金と云ったところで知れたものですから、わたくしが口を利いて、甲州屋の方は親許身請けと云うことにして、お若のからだを抜いてやりましたよ」
「めでたく徳次郎と夫婦になったのですね。そこで、その親許身請けの金は……」
「乗りかかった船で仕方がありません。半七の腹切りです。しかし、わたくしの顔を立てて、甲州屋でも思い切って負けてくれましたから、さしたる痛みでもありませんでした。そりゃあ貴方《あなた》、わたくしだって、人を縛るばかりが能じゃあな
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