に為吉と藤助の詮議に取りかかろうとして、持っている提灯をこちらへ振り向ける途端に、今度は為吉が悲鳴をあげて倒れた。はっ[#「はっ」に傍点]と思って透かして視ると、抜き身を引っさげた一人の男が芒《すすき》をかき分けて一散に逃げ去った。それを追っても間に合わないと見て、半七はそこに突っ立っている藤助の腕をつかんだ。
「親分、わたしをどうするのです」と、藤助は慌てたように云った。
「どうするものか。さあ、白状しろ」
「わたしはなんにも知りません」
「空《そら》っとぼけるな。この野郎……」と、半七は叱り付けた。「貴様は今夜この為吉を殺《ば》らすつもりでここへ連れ出したのだろう」
「飛んでもねえことを……。わたしはただ、旦那の指図でこの為さんをここまで案内して来たのです」
「なんのために案内して来た」
「この大きい木の下に待っている人があるから、その人に逢わせてやれと云うのです」
「待っている人と云うのは誰だ」
「知りません。逢えば判ると云いました」
「子供のようなことを云うな。狐にでも化かされやしめえし、大の男二人が鼻をそろえて、訳もわからずに野原のまん中へうろうろ出て来る奴があるものか。出たらめもいい加減にしろ」
腕を捻じあげられて、藤助は意気地も無しに泣き叫んだ。
「堪忍して下さい、堪忍してください」
相手が案外に弱いので、半七はすこし躊躇した。こいつは本当に弱いのか、それとも油断をさせるのか、その正体を見定めかねて、思わず掴んだ手をゆるめると、藤助は草の上にぐたぐたと坐った。
「親分。わたしは全くなんにも知らないのです。御承知かも知れませんが、この為さんの妹がゆうべ見えなくなってしまいました。家《うち》の旦那も心配して、けさから方々を探し歩いていましたが、午過ぎになって帰って来まして、お種さんの居どころは知れたと云うのです。だが、相手が悪い奴で唯では渡さない。拐引《かどわかし》で訴えれば、一文もいらずに取り戻すことが出来るかも知れないが、そんなことに暇取っているうちに、お種さんのからだに何かの間違いがあっては取り返しが付かない。これも災難と諦めて、いくらかのお金を渡して無事に取り戻した方がよかろう。そこで向うでは十両出せと云う。わたしは五両に負けてくれと云う。押し問答の末に六両に負けさせて来たから、それを持って早く取り戻して来たら好かろうと云うことでした。そこで、
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