つ》けて来た為吉と藤助の二人を差し置いて、差しあたりはこの新らしい二人を詮議しなければならない事になったのである。彼は男と女をまねいて、榛の木の下まで連れてゆくと、庄太も他の二人も付いて来た。
「おめえ達はまったく駈け落ち者か」と、半七は二人に訊いた。「おれは御用聞きの半七だ。正直に云え」
 御用聞きと名乗られて、二人はふるえた。抱えの遊女や芸妓を連れ出した場合、悪く間違えば拐引《かどわかし》ということになる。かどわかしは重罪である。それが御用聞きに出逢ったのであるから、かれらが恐怖にとらわれたのも無理はなかった。それを察して、半七はしずかに云い聞かせた。
「いくら商売でも、おれも邪慳《じゃけん》な事をしたくねえ。なんとか穏便に内済の法もあろうと云うものだ。なにしろ、おめえ達はどこの何という者だ」
 かれらが恐るおそる申し立てるところによると、男は代々木の多聞院門前に住む経師屋《きょうじや》のせがれ徳次郎、女は内藤新宿甲州屋の抱え女お若で、ままならぬ恋の果ては死神《しにがみ》に誘われて、お若は勤め先をぬけ出した。二人はこの権田原の榛の木の下を死に場所と定めて、闇にまぎれて忍んで来ると、かれらよりもひと足先に来ている人があった。その人は突然に彼等をおびやかして、斬るぞと呶鳴った。死にに行く身にも恐ろしい犬の声――突然斬ると云われて、彼等はやはり恐ろしくなった。その一刹那、死ぬ覚悟などは忘れてしまって、二人は思わず人殺しの悲鳴をあげて逃げた。
 その話を聴き終って、半七はうなずいた。
「むむ、判った、判った。だがまあ、死んじゃあいけねえ。おれもここへ来合わせたのが係り合いだ、なんとか話を付けてやるから、今夜はおとなしく帰れ。といって、無分別者をこのまま追っ放すわけにゃあ行かねえ。庄太、御苦労でも此の二人を甲州屋まで送ってくれ」
「だが、こっちは好うござんすかえ」と、庄太は不安らしく云った。
「まあ、こっちは何とかする。なにしろ此の二人を無事に帰さなけりゃあならねえ」
「ようがす。じゃあ、行って来ます。さあ、親分がああ仰しゃるのだから、二人共ぐずぐず云わねえで早く来ねえ。世話を焼かせると縛っちまうぞ」
 嚇されて、二人も争う術《すべ》がなかった。かれらは権田原心中の浮き名を流す機会を失って、おめおめと庄太に追い立てられて行った。
 これで先ず一方の埓は明いたので、半七は更
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