、先生も引っ返して、ようようのことで刃物をうばい取って、無理に家へ連れ込むと、お角は先生のふところから紙入れを引き摺り出して、それを持ったままで何処へか出て行ってしまいました。お角は始めから仕舞いまでひと言も口を利かないで、ただ先生を睨んでいるばかりでした。お角が出て行ったあとでも、先生はなんにも云いません。これも黙っているばかりですから、お角がなんで腹を立てたのか、どうして先生を殺そうとしたのか、その仔細はちっとも判りません。わたくしは煙《けむ》に巻かれてただぼんやりしていました」
 意外の舞台面がだんだんに展開されるので、半七も三五郎も一種の興味を誘われた。
「お角はそれっきり姿を見せねえのか」と、半七は追いかけるように訊いた。
「それから五、六日は姿を見せません。先生も外へ出ませんでした」と、吾八は語り続けた。「この八日の夕がたに、わたくしが宿《しゅく》の銭湯へ行って帰って来ますと、門のなかに女の櫛が落ちていました。わたくしはそれを拾って、お角さんが来ましたかと訊きますと、先生は来ないと云いました。こんな櫛が落ちていましたと云って見せましたが、先生はやはり知らないと云うのです。ど
前へ 次へ
全45ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング