ば調べようもあります」
 二人は更に坂下の空地へまわると、秋草の乱れている中に五、六本の榛《はん》の木が立っていた。うしろは小笠原家の下屋敷で、一方には古い寺の生垣《いけがき》が見えた。一方には百姓の片手間に小商《こあきな》いをしているような小さい店が二、三軒つづいていた。それに囲まれた空地は五六百坪の草原に過ぎないで、芒のあいだに野菊などが白く咲いていた。五匹の馬をつないだのはかの榛の木に相違なく、そのあたりの草むらは随分踏み荒らされていた。
「馬を盗んで行った奴は素人《しろうと》でしょうね」と、幸次郎は云った。「商売人ならば日本馬か西洋馬か判る筈です。西洋馬なんぞ売りに行けばすぐに足が付くから、どうで盗むならば日本馬を二匹|牽《ひ》き出しそうなものだが、そこに気がつかねえのは素人で、手あたり次第に引っ張って行ったのでしょう」
「そうかな」と、半七は首をかしげた。
 こんにちと違って、その時代における日本馬と西洋馬との相違は、誰が眼にも容易に鑑別される筈であった。第一に鞍《くら》といい、鐙《あぶみ》といい、手綱《たづな》といい、いっさいの馬具が相違しているのであるから、いかなる素人で
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