代の習いであるから、これだけの材料ではどうする事も出来ないのである。きょうは取り留めた獲物も無しに、半七は神田の家へ帰った。
 取り留めた獲物は無いと云っても、どこかの女が彼《か》の馬を牽《ひ》き出したらしいという噂と、おころの息子が屋敷奉公をしているという噂と、この二つを結びつけて半七は何事かを考えさせられたのであった。
 その晩に亀吉が来た。その報告によると、けさから方々の博労《ばくろう》を問い合わせてみたが、どこへも馬を売りに来た者は無いらしいと云うのである。馬を盗む以上は、どこへか売りに行くのが普通であるが、あるいは詮議を恐れて当分は隠して置くのかも知れないと思われた。
 あくる日の午過ぎに幸次郎が来た。
「お角の居どころは知れました。浅草の茅町《かやちょう》一丁目、第六天の門前に小さい駄菓子屋があります。おそよという婆さんと、お花という十三四の孫娘の二人暮らしで、その二階の三畳にお角はくすぶっているのです」
「商売は巾着切りか」と、半七は訊いた。
「若い時から矢場女をしたり、旦那取りをしたり、いろいろのことをやって来たようですが、この頃は決まった亭主も無し、商売も無し、まあ巾
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