り放そうとしたが、女はなかなか放さない。長助も一生懸命で、滅茶苦茶に女をなぐり付けて、どうやらこうやら突き倒して逃げた。こうなると、もう前へむかって逃げる元気はない。彼はあとへ引っ返して逃げたのである。
 表の木戸口まで逃げ出して、彼は木戸番に食ってかかった。
「ふてえ奴だ。こんないかさまをしやあがる。生きた人間を入れて置いて、人を嚇かすということがあるものか。さあ、木戸銭を返せ」
 木戸銭をかえすのはさしたることでも無いが、いかさまをすると云われては商売にかかわるというので、木戸番も承知しなかった。論より証拠、まずその実地を見とどけることになって、長助と木戸番は小屋の奥へはいると、果たして柳の木の下にひとりの女が倒れていた。それは人形でもなく、拵え物でもなく、確かに正真《しょうしん》の人間であるので、木戸番もびっくりした。
 こういう興行物に変死人などを出しては、それこそ商売に障るのであるが、所詮《しょせん》そのままで済むべきことではないので、事件は表向きになった。

     二

 長助に踏まれた時には、女はまだ生きていたらしいが、それを表へ運び出して近所の医者を呼んで来た時には
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