《てりふりちょう》の駿河屋という下駄屋の女隠居である。照降町は下駄や雪踏《せった》を売る店が多いので知られていたが、その中でも駿河屋は旧家で、手広く商売を営んでいた。
駿河屋の主人仁兵衛は八年以前に世を去ったが、跡取りの子供がない。但しその以前から主人の甥の信次郎というのを養子に貰ってあったので、当座は後家のお半が後見をしていたが、三年前から養子に店を譲ってお半は近所の杉の森新道に隠居したのである。
お半は変死の当日、浅草観音へ参詣すると云って、朝の四ツ(午前十時)頃に家を出た。女中も連れずに出たのであるから、出先のことはよく判らないが、まず観音に参詣して、そこらで午飯《ひるめし》でも食って、奥山のあたりでも遊びあるいて、それから仁王門そばの観世物小屋へ入り込んだのであろう。その死体の発見されたのは、夕七ツ(午後四時)に近い頃であった。
下谷|通新町《とおりしんまち》の長助という若い大工が例の景品をせしめる料簡《りょうけん》で、勇気を振るって木戸をはいって、獄門首のさらされている藪のきわや、骸骨の踊っている木の下や、三途《さんず》の川や血の池や、それらの難所をともかくも通り越して
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