かしいと云うのです」と、松吉は説明した。「なんでも今夜の四ツ過ぎに、清五郎という男と一緒に……。どこかで酒を飲んだ帰りらしい、ほろ酔い機嫌で親父橋《おやじばし》まで来かかると、橋のたもとの柳のかげから一人の男が飛び出して、不意に信次郎の横っ腹を突いたので……」
「相手は誰だ。音造という奴か」
「そうです。突いてすぐに逃げかかると、連れの清五郎が追っかけて押さえようとする。相手は一生懸命で匕首《あいくち》をふり廻す。そのはずみに清五郎は右の手を少し切られた。それでも大きい声で人殺し人殺しと呶鳴ったので、近所の者も駈けつけて来て、音造はとうとう押さえられてしまいました。信次郎は駿河屋へ送り込まれて、医者の手当てを受けているのですが、急所を深くやられたので、多分むずかしいだろうという噂です」
「連れの清五郎というのは何者だ」
「向う両国の大工だそうです。本人が番屋で申し立てたのじゃあ、駿河屋で何か建て増しをするので、その相談ながら両国辺でいっしょに飲んで、駿河屋の主人を照降町まで送って帰る途中だということです」
 半七は忌々《いまいま》しそうに舌打ちをした。
「やれやれ、飛んだ番狂わせをさせ
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