『武士の誓言』の手紙をかいて渡したのが仕損じで、さもなければ橙の龍の字もわたくしの眼には付かなかったんですが……」
 玉太郎誘拐の筋道はこれで判ったが、それから先の事情はいっさい不明である。それに就いて老人は更に説明した。
「魚八の一家はみんな悪い人間じゃあないが、白雲堂の売卜者《はっけみ》はよくない奴です。なにしろ当人が死んでしまったので、はっきりした事は判りませんが、菊園の子供を誘い出させたのは、何かの企らみがあったに相違ありません。心柄とは云いながら、可哀そうなのは乳母のお福で、可愛い坊ちゃんを連れ出させたものの、どうも気になってたまらない。今頃はどうしているかと案じられてならない。明くる日は一日ぼんやりしていたんですが、とうとう我慢が出来なくなって、日の暮れるのを待って根岸の家へ出て行くと、白雲堂がたった今帰ったというところでした。
 白雲堂は玉太郎を自分の家へ隠まって置くのはあぶないから、更に又ほかの家へ預けようかと云っていたという話を聞かされて、お福はいよいよ不安心になって、すぐに浅草へ廻ったんですが、その時に根岸の家で河豚太鼓を貰い、雷門で菓子を買って、坊ちゃんのおみやげ
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