したが、それっきり帰って参りません。そのうちに四ツ(午後十時)になりましたので、わたくしの店では戸を閉めましたが、それから少し経って帰って来たようで、戸をあける音がきこえました。わたくし共でもみんな寝てしまいましたので、それから先のことは一向に存じません」
「その女と一緒に帰って来た様子はねえか」
「さあ、それも判りませんので……」
 まったく知らないのか、或いはなにかの係り合いを恐れるのか、亭主はとかく曖昧に言葉を濁しているので、それ以上の詮議も出来なかった。この時、だしぬけに頭の上で猫の啼き声がきこえたので、半七は思わず見あげると、猫は普通の三毛猫で、北から吹く風にさからいながら、白雲堂の屋根の庇《ひさし》を渡って通り過ぎた。
 その猫のゆくえを見送っているうちに、ふと眼についたのは白雲堂の二階である。床店同様ではあるが、ともかくも小さい二階があるので、万一そこに玉太郎を隠してあるかも知れないと思い付いて、半七はすぐに家主に訊いた。
「お家主に伺いますが、検視のお役人衆は二階をあらためましたか」
「いえ、別に……」
 河豚の中毒と判っては、家探しなどをする筈もない。検視の役人らは早
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