福らしいので、半七は立ち止まって遠目に窺っていると、女はやがて店を出て、足早に隣りの露路にはいった。その顔の色は蒼ざめていた。
それと入れかわって、半七はあずま屋へはいった。要りもしない菓子を少しばかり買って、彼は店の者に訊いた。
「今ここにいたのは菊園のお乳母《んば》さんかえ」
「そうです」
「菊園の子供はさらわれたと云うじゃあねえか」
この時、三十五六の女房が奥から出て来た。彼女は半七に会釈しながらすぐに話した。
「おまえさん、お隣りのことをもう御存じなのですか」
「そんな噂をちょいと聞きましたよ」と、半七は店に腰をおろした。「その子供はまだ帰って来ないのかね」
「いまもお乳母さんが来ましたが、まだ知れないそうで……。わたくし共も一緒だけに、なんだか係り合いで……」
「じゃあ、おかみさんも一緒だったのかえ」と、半七は空とぼけて訊いた。
「ええ。それだけに余計お気の毒で……。いまだに帰って来ないのを見ると、大かた攫われたのでしょうね。玉ちゃんは色の白い、女の子のような綺麗な子ですから、悪い奴に魅《み》こまれたのかも知れません」
「それで、ちっとも手がかりは無いのかね」
「それに就
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