忌《いや》なことがある」と、半七は又かんがえていた。「だが、庄太。やっぱり人頼みじゃあいけねえ。自分が足を運んで来たお蔭で、飛んだ掘り出し物をしたらしい」
「へえ、そうですかね」
 訳を知らない庄太は、ただ感心したように首をかしげていると、隣りでは壁を崩すような音ががらがらと聞こえて、それと同時に弥助が転《ころ》げるように駈け込んで来た。
「やあ、ひどい、ひどい。飛んだところへほこりを浴びに来た」
 彼は手拭で顔や着物を払いながら、半七を見て驚いたように会釈《えしゃく》した。
「親分、もう先き廻りをしたのですか」
「江戸っ子は気が早え」と、半七は笑った。「そこで、どうだ。根岸の方は……」
「わっしのことを気が長げえと云うが、その代りに仕事は念入りだ。まあ、聴いておくんなせえ」
「一軒家じゃあねえ、大きな声をするな」
 半七に注意されて、彼は小声で話し出した。

     三

 根岸が下谷区に編入されたのは明治以後のことで、その以前は豊島郡金杉村の一部である。根岸といえば鶯の名所のようにも思われ、いわゆる「同じ垣根の幾曲り」の別荘地を忍ばせるのであるが、根岸が風雅の里として栄えたのは、
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