はその実物を見ませんが、なにかの焼き薬か腐れ薬で虫蝕《むしく》いのように書いたんでしょう。気をつけて見たらば、お由の筆蹟だと云うことも判ったんでしょうが、そこが素人の不注意で仕方がありません。いや、わたくし共の商売人でも時々に飛んだ不注意の失敗をやりますから、素人を咎めるわけには行きませんよ。八丁堀の役人だって、岡っ引だって、みんな神様じゃあない。時には案外の見込み違いをして、あとで大笑いになることがありました」
云いかけて、老人は笑い出した。
「大笑いと云えば、こんな事があります。明治以後、氷川明神が服部《はっとり》坂へ移されてからのお話ですが、小石川の縁日にかむろ蛇の観世物《みせもの》が出ました。これは昔から氷川の明神山に棲んでいた大評判のかむろ蛇でございと云うんですが、よくよく聞いて見ると、どこからか大きい青大将を生け捕って来て、その頭へコールターを塗って、頭の黒いかむろ蛇と囃し立てていたのだそうで……。明治の初年には、こんないかさま[#「いかさま」に傍点]の観世物がまだ幾らも残っていました。ははははは」
底本:「時代推理小説 半七捕物帳(五)」光文社文庫、光文社
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