が四十一歳、女房のお琴が三十七歳、娘のお袖が十八歳で、隠居夫婦は二十年前に相前後して世を去った。
もとより近所のことであるから、お袖らの三人は午《ひる》過ぎに店を出た。朝は晴れていたが、四ツ(午前十時)頃からときどきに薄く曇って、いくらか涼しい風が吹いていた。町を通りぬけて上水堀《じょうすいぼり》に沿って行くあいだにも、二つの葬式に出逢った。いずれもコロリに取り憑《つ》かれた人々であろうと推し量《はか》られて、女たちは忌《いや》な心持になった。
日輪寺へ行き着いて、うしろの明神山へ登ると、きょうは珍らしく一人の参詣者も見えないで、大きな杉の森のなかに秋の蝉《せみ》が啼いているばかりであった。明神の社前に額《ぬか》ずいて、型のごとく一家の息災を祈っているうちに、空はいよいよ曇って来て、さらでも薄暗い木の下蔭が夕暮れのように暗くなった。
「なんだかお天気が可怪《おか》しくなって来ましたね」と、お琴は参詣を終って空をみあげた。
「降らないうちに早く帰りましょう」と、お由も急《せ》き立てるように云った。
蝉の声もいつか止んで、あたりは気味の悪いようにひっそりと鎮まった。冷たいような重い空
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