っていた。殊に先ごろお酉にむかって、酔ったまぎれに、こんなことを云った。
「おれは今、大金儲けが眼の先にぶらさがっているのだ。ここでコロリなんぞになっちゃあ堪まらねえ」
 娘が不意に死んだので、彼はひどく力を落としたらしく、毎日やけ酒を飲んでいた。そうして、関口屋から弔い金をうんと取ってやると云っていた。その掛け合いもどうにか旨くまとまったらしく、この二、三日は機嫌がよかった。
「ここの家《うち》へふだん近しく来る者はねえかね」と、半七は訊《き》いた。
「煙草屋の大さんです」と、お酉は答えた。「色の白い、華奢《きゃしゃ》な人で……。次右衛門さんの口ぶりじゃあ、行くゆくはお由ちゃんの婿にでもするような様子でした。そのほかには大工の年さんという人がときどき来ましたが、この人はコロリで死んだそうです」
「そうかね」と、喜兵衛が口を入れた。「その年さんという人は、二、三日前の晩にたずねて来たようだが……。わたしの店の前を通ったのは、どうもあの人のように思ったが……。それとも人違いかな」
「大さんという煙草屋は、この頃に来なかったかね」と、半七は又訊いた。
「きのうお午過ぎに見えました」と、お酉
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