たので、隣りの甚蔵夫婦が駈けつけると、かれは台所に倒れていた。早速に医者を呼んで来たが、これも病症がよく判らない。やはり蝮にでも咬まれたのであろうと云うのである。笊屋の女房は手当ての効《かい》もなくて、明くる朝死んでしまった。それに就いて又いろいろの噂が立った。
「関口屋の蛇が長屋へ這い込んだのだ」
「いや、年さんの幽霊が出たのだ」
 蛇と幽霊とに執念ぶかく悩まされている人々のあいだに、第二のコロリ騒ぎが又おこった。
 この頃はだんだんに涼風《すずかぜ》が立って、コロリの噂も少しく下火になったという時、関口屋の小僧の石松がコロリに罹《かか》って、二日目に死んだ。それが伝染したと見えて、半病人の女房お琴もつづいて同じ病いに取り憑かれて、これもひと晩のうちに死んだ。関口屋はまったくの暗黒《くらやみ》である。近所の人たちの心も暗黒になった。
 病気が病気であるから、関口屋でも女房の葬式《とむらい》を質素に行なった。その葬式が済んだ後に、次兵衛は思い切ったように云い出した。
「こうなっては、娘もやがて死ぬかも知れない。わたしもどうなるか判らない。関口屋の潰れる時節が来たのでしょう。兄の望み通り
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