堪まらねえ。一体その親というのは何者だ」
「五百両千両は別として、親許でぐずるにも仔細があるのです」と、善八は説明した。「だんだん聞いてみると、お由という女は仲働きのように勤めてはいるが、実は主人の姪だそうで……」
「唯の奉公人じゃあねえのか」
「主人の兄きの娘です。兄きは次右衛門といって、本来ならば総領の跡取りですが、若い時から道楽者で、先代の主人に勘当されてしまって、弟の次兵衛が関口屋の家督を相続することになったのです。先代が死ぬときに勘当の詫びをする者もあったが、先代はどうしても承知しないで、あんな奴は決して関口屋の暖簾《のれん》をくぐらせてはならないと遺言《ゆいごん》したそうです。それは二十年も昔のことですが、それがために次右衛門は今でも表向きに関口屋の店へ顔出しは出来ない。裏口からそっとはいって来ると云うわけです」
「次右衛門は何をしているのだ」
「下谷の坂本で小さい煙草屋をしているそうです。表向きは勘当でも、関口屋の総領で、今の主人の兄きには相違ないのですから、関口屋でもいくらか面倒を見てやって、商売物の煙草なぞも廻してやっているようです。その娘がお由で、これも表向きに親類
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