べくもない。たとい腕一本でも、それが人間のものである以上、犬や猫の死骸と同一には取り扱われないので、町でも訴え出での手続きをしている処へ、ひとりの男がふらりとはいって来た。
男は半七の子分の庄太であった。庄太は浅草の馬道《うまみち》に住んでいながら、その菩提寺は遠い百人町の海光寺であるので、きょうは親父の命日で朝から墓参に来ると、ここらには唐人飴の噂がいっぱいに拡がっていた。彼も商売柄、それを聞き流しには出来ないので、町役人の玄関へ顔を出したのである。
彼は先ずその腕を見せて貰った。その腕に残っていた筒袖をあらためた。その飴屋の年頃や人相や、ふだんのあきない振りなどに就いても聞きあわせた。それから熊野権現の近所へまわって、羅生門横町の現場をも取り調べた。ここは山尻町との境で、片側には小さい御家人《ごけにん》と小商人《こあきんど》の店とが繋がっているが、昼でも往来の少ない薄暗い横町で、権現のやしろの大榎《おおえのき》が狭い路をいよいよ暗くするように掩《おお》っていた。
庄太が帰ったあとで、又もやここらの人々をおどろかしたのは、かの唐人飴の虎吉が、相変らず鉦《かね》を叩いて来たことで
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