字吉同道で先ず町《ちょう》役人の門《かど》を叩いた。それから近所へも触れて歩いた。
 人間の腕が往来に落ちていたというのは、勿論一つの椿事|出来《しゅったい》に相違ないが、それが彼の羅生門横町であるだけに、一層ここらの人々を騒がせた。これで腕斬りが三年つづく事になるのであるから、御幣《ごへい》かつぎの者でなくても、又かと顔をしかめるのが人情である。近所近辺の人々は寝ぼけ眼《まなこ》をこすりながら、われ先にと羅生門横町へ駈けつけると、彼等をおどろかす種がまた殖えた。
「あの腕は……。唐人飴屋だ」
 往来に落ちていたのは男の左の腕で、着物の上から斬られたと見えて、その腕には筒袖が残っていた。筒袖は誰も見識っている唐人飴の衣裳である。疑問の唐人飴屋がここで何者にか腕を斬られたに相違ない。それに就いて又いろいろの噂が立った。
「あいつはいよいよ泥坊で、お武家の物でも剥ぎ取ろうとして斬られたのだ」
「いや、泥坊には相違ないが、仲間同士の喧嘩で腕を斬られたのだ」
 いずれにしても、尋常の唐人飴屋が夜更《よふ》けにここらを徘徊している筈がない。斬られた事情はどうであろうとも、彼が盗賊であることは疑う
前へ 次へ
全51ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング