ある。腕斬りの一件を聴いて、かれは眼を丸くして云った。
「それは驚きましたね。だが、わたしはこの通りだから御安心ください」
 彼は両手をひろげて、いつものカンカン踊りをやって見せた。その両腕はたしかに満足に揃っていた。こうなると、ここらの人々は唯ぽかん[#「ぽかん」に傍点]と口を明いているのほかは無かった。

     二

 神田三河町の半七の家では、親分と庄太が向かい合っていた。
「だが、土地の奴らも愚昧《ぼんくら》ですよ」と、庄太は笑った。「土地の奴らはまあ仕方がないとしても、町役人でも勤める奴らはもう少し眼が明いていそうなものだが……。その腕は現場で斬られたものじゃあねえ、何処からか捨てに来たのか、犬がくわえて来たのか、二つに一つですよ。人間の腕一本を斬ったら、生血《なまち》がずいぶん出る筈だが、そこらに血の痕なんか碌々残っていやあしません」
「初めにそれを見付けたという常磐津の師匠はどんな女だ」と、半七は訊《き》いた。
「実相寺門前にいる文字吉という女で、わっしがたずねて行ったときには、湯に行ったとか云うので留守でしたが、近所の話じゃあ何でも年は三十四五で、色のあさ黒い、力《
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