りき》んだ顔の、容貌《きりょう》は悪くない女だそうで……。浄瑠璃は別にうまいという程でもねえが、なかなか良い弟子があって、ずいぶん遠い所から通って来るのがあるので、場末の師匠にしては内福らしいという噂です」
「文字吉には旦那も亭主もねえのか」と、半七はまた訊いた。
「旦那はあります」と、庄太は答えた。「原宿|町《まち》の倉田屋という酒屋の亭主だそうですが、文字吉は感心にその旦那ひとりを守っていて、ちっとも浮気らしい事をしねえばかりか、その旦那に遠慮して男の弟子をいっさい取らねえと云うのです。今どきの師匠にゃあ珍らしいじゃありませんか」
「めずらしい方だな。奉行所へ呼び出して、鳥目《ちょうもく》五貫文の御褒美でもやるか」と、半七は笑った。
「師匠はまあそれとして、さてその腕の一件だが……。その唐人飴屋というのは何奴かな。家《うち》はどこだ」
「四谷の法善寺門前の虎吉という奴だと聞きましたから、実は帰り路に四谷へまわって、北|町《まち》の法善寺門前を軒別《のきなみ》に洗ってみましたが、虎も熊も居やあしません。野郎、きっと出たらめですよ」
「そうかも知れねえ。だが、この広い江戸にも唐人飴が五
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