弥兵衛は別な人で、これは薬罐平さんのようには行きません。それに、親分よりも子分の角兵衛というのが幅を利かして……。本名は角蔵とか角次郎とかいうのでしょうが、ここらではみんなが角兵衛と云っています。その角兵衛さんがあんまり評判のよくない人で……」
亭主がここまで話して来た時に、暖簾《のれん》の外から覗き込んだのは庄太であった。亭主が眼のさきにいるのを見て、彼は半七を表へ呼び出した。
「どうだ、判ったか」と、半七は小声で訊いた。
「わかりました」と、庄太も小声で云った。「この近所に外科医はねえので、だんだん探して宮益《みやます》坂まで行きました。岡部向斎という医者で、何か口留めされていると見えて、最初はシラを切っていましたが、こっちが御用の風を匂わせたので、とうとう正直に云いました。どこで斬られたのか知らねえが、ゆうべの四ツ過ぎに、原宿の弥兵衛の子分が怪我人をかつぎ込んで来た。怪我人は弥兵衛の一の子分の角兵衛という奴で、左の腕を斬り落とされていたそうです。多分喧嘩でもしたのだろうが、まあ死ぬような事はあるまいと云っていました」
二度目の腕の主《ぬし》は、今や亭主の噂にのぼった角兵衛であ
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