百人町の表通りをぶらぶらと歩き出した。ほかに行く所もないので、二人はきのうの蕎麦屋へはいった。
五
きのうの今日であるから、蕎麦屋の亭主も半七に余計なお世辞などを云っていた。きょうは亀吉が一緒であるので、半七も酒を一本注文した。
「ここらにゃあ顔役とか親分とかいうものはいねえかね」と、半七は訊いた。
「ここらのことですから大していい顔の人もいませんが、原宿の弥兵衛という人があります」と、亭主は答えた。「子分といったところで五、六人ですが、ここらでは相当に幅を利かせているようです」
「浅川の芝居に出ている岩蔵は、弥兵衛の子分かえ」
「岩蔵さんは役者ですから、子分というわけでもないでしょうが、あの人もちっと悪い道楽があるので、弥兵衛さんのところへも出這入りをしているようです」
「やかん平というのは違うのかえ」と、亀吉は口を出した。
「違います。やかん平さんは一昨年《おととし》なくなりました。あの人は町内の鳶頭《かしら》で、本名は平五郎、あたまが禿げているので薬罐平《やかんべえ》という綽名を付けられたのですが、あの人はまことに良い人で、町内の為にもよく働いてくれました。原宿の
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