を見つけてくれ。常磐津の師匠と雇い婆、あいつらもなんだか胡散《うさん》だから、出這入りに気をつけろ」
 なにを云うにも人通りの少ない場末の町である。そこをいつまでも徘徊しているのは、人の目に立つ虞《おそ》れがあるので、半七はここで源次に別れて、ひとまず引き揚げることにした。
 帰るときに半七は、念のために浅川の芝居の前へ行った。その頃の青山には、今の人たちの知らない町の名が多い。久保町から権田原の方角へ真っ直ぐにゆくと、左側に浅川町、若松町などという小さい町が続いている。それは現今の青山北町二丁目辺である。その浅川町の空地《あきち》にも小屋掛けの芝居があって、これは男役者の一座である。半七は小屋の前に立って眺めると、庵看板《いおりかんばん》の端《はし》に市川照之助の名が見えた。
 この時、半七の袖をそっと引く者があるので、見返れば庄太が摺りよっていた。
「源次に逢いましたか」と、彼はささやくように訊《き》いた。
「むむ、逢った。善光寺前にうろ付いている筈だ。あいつと打ち合わせて宜しく頼むぜ」
「ようがす」
 半七はあとを頼んで神田へ帰った。彼が鳳閣寺内の宮芝居をのぞいたのは、単に芝居好
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