老人のうしろから不意に声をかけた。
「お早うございます」
「やあ、これは……」と、老人は急に振り返って笑った。
「又お邪魔に出ようと思いまして……」
「さあ、いらっしゃい」
老人は飴売りに別れて、わたしと一緒にあるき出した。
「あの飴屋は芝居茶屋の若い衆《しゅ》でね」と、老人は話した。「飴細工が器用に出来るので、芝居の休みのあいだは飴屋になって稼いでいるんです」
成程その飴売りは三十前後の小粋《こいき》な男で、役者の紋を染めた手拭を肩にかけていた。その頃の各劇場は毎月開場すること無く、一年に五、六回か四、五回の開場であるから、劇場の出方《でかた》や茶屋の若い者などは、休場中に思い思いの内職を稼ぐのが習いで、焼鳥屋、おでん屋、飴屋、※[#「米+參」、第3水準1−89−88]粉《しんこ》屋のたぐいに化けるのもあった。したがって、それらの商人の中にはなかなか粋《いき》な男が忍んでいる。芝居の話、花柳界の話、なんでも来いというような者もあって、大道商人といえども迂濶《うかつ》に侮りがたい時代であった。かの飴屋もその一人で、半七老人とは芝居でのお馴染であることが判った。
家へゆき着いて、例
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