ない。自分の方から頼んで置きながら何のことだと、半七は肚《はら》のうちで舌打ちしたが、武家屋敷の仕事は大抵こんなものだと覚悟しているので、小梅の長五郎から聞き出した一種の秘密を唯一《ゆいいつ》の材料にして、ひそかに探索を進めて行くのほかは無かった。
こんなわけで、とかくに仕事が捗取《はかど》らず、半七らを苛々《いらいら》させていると、それから十日ばかりの間に、二つの事件が出来《しゅったい》して、更に彼等を苛立たせた。その一つは二月二十三日の朝、かの深川の寅吉という船頭が何者にか殺害されたことである。浄心寺のうしろは山本町で、その山本町から三好町の材木置場へ通うところに小さな橋がある。寅吉の死骸はその橋の下に浮かんでいたが、右の肩先からうしろ袈裟《げさ》に斬られているのを見ると、その相手は恐らく武士《さむらい》で、うしろから一刀に斬り倒して、死骸を河へ投げ落としたのであろうと察せられた。
検視の上、このごろ流行る辻斬りの仕業《しわざ》であろうということになったが、辻斬りをする者がその死骸をわざわざ河のなかへ投げ込んでゆく筈がない。幸次郎の報告によって、その下手人が誰であるかを半七は大
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