の少し腐れかかっている所を、むしったように毀《こわ》して置いて、いい加減に埋め木でもして置いたのでしょう」
「そんなことは素人に出来る筈がねえ。千太の野郎がやったのかな。浅井の人たちを砂村へ送りつけて、その帰るのを待っているあいだに、千太が何か仕事をしたのだろう。それで野郎、逃亡《ふけ》たのだな」
 気のせいか、船は亡骸《なきがら》のように横たわっている。その船の中へ潜《もぐ》り込んで、半七は隅々までひと通りあらためると、果たして金八の云う通りであった。調べの役人らが出張った以上、これが判らない筈はない。おそらく事件を内分に済ませるために、浅井の屋敷から手をまわして、役人らをうまく抱き込んで、船底の破損ということに片付けてしまったのであろうと、半七は想像した。それは此の時代にしばしばある習いで、さのみ珍らしいとも思われなかったが、ここに一つの不審がある。事件を秘密に葬るつもりならば、浅井の奥さまや親類たちが町方へ手をまわして、事件の真相を突き留めてくれと云うのが理窟に合わない。一方に秘密主義を取りながら、一方には藪を叩いて蛇を出すようなことをするのはどういうわけかと、半七は又かんがえた
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