《かつより》を見るようで、ここから船にお乗りなさる時は、往来の女が立ちどまって眺めているくらいでした」
「そういう若殿さまがいるので、お信も暇が取れなかったのだろう」と、半七は笑った。「そこで、金八、きょうは御用で来たのだ。一件の船というのを見せてくれ」
「船はそこに繋いであります」
 金八は先に立って河岸に出ると、かの屋根船も杭《くい》につながれていた。折りからの引き汐で、海に近いここらの川水は低く、岸のあたりは乾いていた。小さい桟橋を降りて、二人は船のそばに立った。
「おれは素人《しろうと》でわからねえが、どうして水が漏ったのだろう。やっぱり底が傷《いた》んでいたのかな」と、半七は云った。
「さあ」と、金八は首をかしげた。「船が古くなって、底が傷んだのだろうというのですがね。成程、古くはなっているが、水が漏るほどの事はありませんよ。親方はうっかり[#「うっかり」に傍点]した事をしゃべるなと云うので、わっしは黙っていますがね。どうもこりゃあ誰かが仕事をしたのだろうと思うのですが……」
「どんな仕事をしたのだ」
「誰かが抉《えぐ》ったのですよ。醤油樽の呑口のようにはなっていねえが、船底
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