さまよっているには、何かの仔細がなければならない。巳之助は一緒にあるきながら訊《き》いた。
「駈け落ちかえ。相手は誰だ」
「本当にあたしは馬鹿なのよ。あんな人にだまされて……」と、お糸はくやしそうに云った。「巳之さん、済みません。堪忍してください」
巳之助とお糸はまんざらの仲でもなかった。その巳之助を出し抜いて、ほかの男と駈け落ちをする。女が何とあやまっても、男の方では腹が立った。
「何もあやまるにゃあ及ばねえ。そんな約束の男があるなら、おれのような者と道連れは迷惑だろう。おめえはここで其の人を待っているがよかろう。おれは先へ行くよ」
女を振り捨てて、巳之助はすたすたと行きかかると、お糸は追って来て男の袖をとらえた。
「だから、あやまっているじゃあないか。巳之さん、まあ訳を訊いておくれというのに……」
「知らねえ、知らねえ。そんな狐にいつまで化かされているものか」
自分の口から狐と云い出して、巳之助はふと気がついた。この女はほんとうの狐であるかも知れない。悪い狐がお糸に化けておれをだますのかも知れない。これは油断がならない、と彼は俄かに警戒するようになった。
「ねえ、巳之さん。わ
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