たしはどんなにでも謝《あやま》るから、まあひと通りの話を聴いて下さいよ。ねえ、もし、巳之さん……」
 口説きながら摺り寄って来た女の顔、それが気のせいか、眼も鼻も無い真っ白なのっぺらぼう[#「のっぺらぼう」に傍点]の顔にみえたので、巳之助はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]とした。彼は夢中で提灯を投げ出して、両手で女の咽喉《のど》を絞めようとした。
「おまえさん、何をするの。あれ、人殺し……」
 突き退けようとする女を押さえ付けて、巳之助は力まかせにその咽喉を絞めると、女はそのままぐったりと倒れた。
「こいつ、見そこなやあがって、ざまあ見ろ。憚りながら江戸っ子だ。狐や狸に馬鹿にされるような兄《にい》さんじゃあねえ」
 投げ出すはずみに蝋燭は消えたので、提灯は無事であった。潮あかりに拾いあげたが、再び火をつける術《すべ》もないので、巳之助はそのまま手に持って歩き出そうとする時、彼はどうしたのか忽ちすくんで声をも立てずに倒れてしまった。
 さびしいと云っても東海道であるから、狐のうわさを知らない旅びとは日暮れてここを通る者もあったが、あいにくに今夜は往来が絶えていた。巳之助が正気にかえったのは、
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