は船へ帰る刻限がやかましいので、その刻限になるとみんな早々に帰ってしまうそうで……。どんなに酔っていても、感心にさっさ[#「さっさ」に傍点]と引き揚げて行くそうです」
「そんなに金放れがよくっちゃあ、今も云う慾の世の中だ。その異人に係り合いでも出来た女があるかえ」
「さあ、それはどうですか。いくら金放れがよくっても、まさかに異人じゃあ……」と、女中はまた笑った。「誰だって相手になる者はありますまい」
「手を握らせるぐらいが関の山かな」と、松吉も笑った。「それで一歩も二歩も貰えりゃあいい商法だ」
「ほほほほほほ」
女中は銚子をかえに立った。そのうしろ姿を見送って、松吉はささやいた。
「成程、親分の眼は高けえ。人ちがいの相手は坂井屋のお糸ですね」
「まあ、そうだろう。そのお糸が黒船のマドロスと出来合って逃げたらしいな」
「それを自分の馴染の女と間違えるというのは、巳之助という奴もよっぽどそそっかしい野郎だ」
「野郎もそそっかしいが、女も女だ。まあ、待て。それには何か訳があるだろう」
女中が再びあがって来たので、半七はまた訊き始めた。
「おい、姐さん。駈け落ちをしたお糸には、なにか色男で
前へ
次へ
全45ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング