らを見物して歩いていることがあります」
「ここらの家《うち》へ飲みに来るかえ」
「ここへは来ませんが、鮫洲の坂井屋へはちょいちょい遊びに来るそうです。川崎屋なんぞでは異人は断わっていますが、坂井屋では構わずに上げて飲ませるんです。異人はみんなお金を持っているそうで、どこで両替えして来るのか知りませんが、二歩金や一歩銀をざくざく掴み出してくれるという話で、馬鹿に景気がいいんです」と、女中は嫉《ねた》むような嘲るような口吻《くちぶり》で話した。
「なんでも慾の世の中だ。異人でもマドロスでも構わねえ、銭のある奴は相手にして、ふところを肥やすのが当世かも知れねえ」と、松吉は笑った。
「まあ、そうかも知れませんね」と、女中も笑っていた。
「その坂井屋さんにお糸という女はいねえかえ」と、半七は突然に訊いた。
「お糸さん……。居りましたよ」
「もういねえかえ」
「ええ、先月の末から見えなくなって……。どっかへ駈け落ちでもしたような噂ですが……」
 半七と松吉は顔をみあわせた。
「坂井屋じゃあ異人を泊めるのかえ」と、半七はまた訊いた。
「泊めやあしません。坂井屋は宿屋じゃありませんから……。それに異人
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