しだが、東海道の入口でそんな噂が立つのはおだやかでねえ。早く狐狩りをしてしまった方がよかろう」
「かしこまりました」
熊谷は勿論この怪談を信じないで、何者かのいたずらと認めているらしかった。半七の見込みもほぼ同様であったが、普通のいたずらにしては少しく念入りのようにも思われた。
三河町の家へ帰って、半七は直ぐ子分の松吉を呼んだ。
「おい、松。おめえと庄太に手伝って貰って、大森の鶏や鈴ヶ森の人殺し一件を片付けたのは、もう七、八年前のことだな」
「そうですね。たぶん嘉永の頃でしょう」と、松吉は答えた。
半七は自分の控え帳を繰ってみた。
「成程、おめえは覚えがいい。嘉永四年の春のことだ。その鈴ヶ森で、また少し働いて貰いてえことが出来たのだが……」
「狐じゃあありませんか」と、松吉が笑った。「わっしも何だか変だと思っていたのですがね」
「その狐よ。熊谷の旦那から声がかかった以上は、笑ってもいられねえ。なんとか正体を見届けなけりゃあなるめえが、おめえ達に心あたりはねえか」
「今のところ、心あたりもありませんが、早速やって見ましょう」
松吉は受け合って帰ったが、その翌日の夕がたに顔を出して
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