詣したと見えて、寒さと雪どけ道の難儀を頻りに話していたが、やがて彼はこんなことを云い出した。
「おまえさんも御承知でしょう、軍鶏屋《しゃもや》の鳥亀のかみ[#「かみ」に傍点]さん……。あの人に逢いましたよ」
「ああ、あのお六さん……」と、相手は答えた。「今はどこにいますね」
「なんでも品川の方にいるそうで……。わたし達が川崎の新田屋で午飯《ひるめし》を食って、表へ出ようとするところへ、出逢いがしらにはいって来たので、ちっとばかり立ち話をして別れたのですが……。都合が悪くも無さそうな様子で、まあ無事にやっているようですよ」
 それが半七の注意をひいた。薄暗いなかでよくは判らないが、その話し声が近所の下駄屋の亭主であるらしいので、流し場へ出たときに窺うと、果たして彼は下駄屋の善吉であった。
 あくる朝、半七は下駄屋の店さきに立った。
「おまえさんも大師さまへ参詣しなすったそうだね。ひと足おくれで逢わなかったが……」
「親分も御参詣でしたか」と、善吉は店の火鉢を半七の前へ押しやりながら云った。「ずいぶんお寒うござんしたね」
「そこで、早速だが少し訊《き》きたいことがある」と、半七は店に腰をか
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