晩には金造が隣りの空家へ忍んで行って、手足の利かないお千恵さんを匕首で嚇し付けて、どうで女郎に売られる体だから、置土産におれの云うことを肯《き》けなどと迫ったそうです。こんにちの言葉でいえば監禁暴行、昔はこんな悪い奴が往々ありました。
勇二はそれを知っていたが、自分も足が不自由なので、奥様を救うことが出来なかったと云っていましたが、こいつも体が達者ならば何をしたか判りません。金造はそれに味を占めて、その翌日の午過ぎにも再び隣りへ押し掛けて行って、又もや匕首を突きつけると、お千恵さんはもう観念したらしく、なんでもお前の云う通りになるから、この縄を解いてくれと云うと、金造も甘い野郎で、むむそうかと縄を解く。その途端にお千恵さんは相手の匕首を引ったくって、横ッ腹へずぶり[#「ずぶり」に傍点]……。金造め、わっ[#「わっ」に傍点]と叫んで表まで逃げ出したが、急所のひと突きで脆《もろ》くも往生という始末、まったく自業自得と云うのほかはありません。奥様もつづいて自害と覚悟しましたが、わたくしが早く押さえたので、幸いに疵は浅手で済みました。いや、こうと知ったら留めずに殺した方がよかったかと思いますが、その時にはなんにも知らないで、あわてて留めてしまいました」
「お六という女も召し捕られたんですね」
「これもすぐに召し捕りましたが、例の鶏《とり》に突かれたり蹴られたりした幾カ所の疵が膿《う》んで熱を持って、こんにちで云えば何か悪い黴菌《ばいきん》でもはいったんでしょう、ようよう這って歩くような始末なので、駕籠に乗せて連れて行きました。この方はもう大抵お察しでしょうが、勇二は塚田の屋敷に中間奉公している頃から、浅草の鳥亀へ軍鶏《しゃも》や鶏を食いに行って、女房のお六と関係が出来て、結局ふたりが相談の上で邪魔になる亭主を殺すことになったんです。安蔵が釣りに行くのを知って、勇二が先廻りをしていて不意に川へ突き落とす……。すべてが思う通りに運んで、お六は鳥屋の店を畳む、勇二は屋敷から暇を取る。そうして、品川へ引っ越して桂庵を始める。それで先ず小一年は無事に済んだのですが、旧い罪と新らしい罪とが一度にあらわれて、もう助からない事になりました。
そこで例の鶏ですが、お六の申し立てによると、その一番《ひとつが》いは亭主の安蔵の死ぬ五、六日前に、千住の問屋から仕入れた鶏で、店を仕舞う時にこの一
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