らで、まさか殺すほどの事もあるまいと多寡をくくって、まあ頑張っていたわけです。そういうことには馴れているので、さのみ待ちくたびれるという程でもありませんでしたが、藪蚊の多いには恐れいりました。今と違って、むかしは蚊が多いので、こういう時にはいつでも難儀します。
そのうちに、そこらの家の鶏が啼いて、夜もだんだんに白らんで来ました。暁け方から空模様がよくなったので、七ツ半(午前五時)には、すっかり明るくなりましたが、二人はまだ帰って来ません。亀吉は焦れて、もう一度探しに出ようかと云っているところへ、重兵衛がぼんやり帰って来たので、亀吉と幸次郎が取り囲んですぐに家内へ引っ張り込みました。万次郎はどうしたかと訊《き》くと、途中で喧嘩をして別れたと云う。おまえは今まで何処にどうしていたかと訊くと、狐に化かされて夜通し迷い歩いていたと云う。さてはこいつ、万次郎を殺して空呆《そらとぼ》けているのだろうと思いましたから、わたくしも厳重に詮議を始めましたが、やはり同じようなことを繰り返していて埒が明かない。そこで、万次郎のことは二の次にして、丸多の絵馬の一件の詮議にとりかかると、丸多の主人に頼まれて偽
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