次郎にしゃべられても困る。もう一つには、丸多の主人を殺した一件を万次郎も孤芳もうすうす覚っているかも知れないという弱味があるので、お絹殺しを表沙汰にするのは危《あぶな》い。そこで、三人が相談の末に、お絹は房州の親類へ預けたとか、あるいは家出したとか云い触らして、この一件は闇に葬ってしまうことにする。その代りに、万次郎は二百両の割りまえを一文も貰わず、孤芳とも今夜かぎりに手を切るということになりました。万次郎に取っては割の悪い約束ですが、仮りにも女ひとりを殺して、それを内分にして貰うというのですから、そのくらいの事は仕方がありません。そんなわけで、お絹の死骸を寺へ送ることは出来ないので、親父の重兵衛も手伝って、やはり床下に埋めることになりましたが、幸いに近所の者には覚られずに済んだのです」
「お絹は可哀そうでしたね」
「刃物などを振り廻したのは悪いに相違ないが、こうなると可哀そうなもので、それでまあ一旦は納まったんですが、五月の末頃になると、重兵衛が下谷の方から古着屋を呼んで来て、娘の夏冬の着物を相当に取りまとめて売ったということを、亀吉がふと聞き出して、その日の暮らしに困るというでも無
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