れ込んで、腕ずくで引き摺って行こうとする、相手は行くまいとする。そのうちに、多左衛門の気色がだんだんに暴《あら》くなって来て、重兵衛をなぐり付けて立ち去ろうとする。それを又ひき留めて、二人はとうとう組討ちになって……。土手下に転がって争ううちに、そこに細い藁縄が落ちていたので、重兵衛は半分夢中でその縄を拾って、相手の頸にまき付けて……。と、本人はこう白状しているんですが、恐らく嘘じゃあなかろうと思います。多左衛門を殺しては金の蔓が切れてしまう道理ですから、重兵衛も好んで相手を殺すはずはなく、ほんの一時の出来心に相違ありますまい。
しかし相手を殺した以上、なんとか後始末をしなければなりませんから、重兵衛は死人の帯を解いて松の木にかけて、自分で縊《くび》れたようにこしらえて、早々にそこを立ち去ったんです。偽物の絵馬を残して置いて、なにかの詮議の種になると面倒だと思ったので、風呂敷包みのまま引っ抱えて帰って、叩き毀《こわ》して焼き捨てたそうです。その風呂敷も一緒に焼いてしまえば好かったんですが、そこが人情の吝《けち》なところで、風呂敷まで焼くにも及ぶまいと、そのまま残して置いたのが運の尽き
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