、親方は一人かえ。子供は……」
「娘があります」
「娘は幾つだ」
「十八です」
「いい女かえ。おめえは様子がいいから、もう出来ているのじゃあねえか」
「冗談でしょう」と、職人は大きい声で笑い出した。
半七も笑ってそこを出たが、五、六間ほど行き過ぎて大津屋をみかえった。
「おい、亀。少し忙がしくなって来たが、大津屋の亭主と娘について出来るだけのことを洗ってくれ。万次郎の方は松に云いつけて調べさせろ。丸多の亭主は半気違げえだから、何処にどうしているか、差しあたりは手の着けようがねえ。それから如才《じょさい》もあるめえが、大津屋を調べるついでに、女の絵かきの探索も頼むぜ」と、云いかけて半七は急に又笑い出した。「やあ、いけねえ、いけねえ。おれもよっぽど焼きがまわったな。今あの店で、ここの絵馬をかく人は誰だと訊いてみりゃあ好かったに……。こいつは大しくじりだ」
「なに、そんなことはすぐに判りますよ」
店屋の灯がちらほら[#「ちらほら」に傍点]紅くなった往来で、親分と子分は別れた。
四
あくる日は又陰って、夕方から細かい雨がしとしとと降り出した。どうも続かない天気だと云っている
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