か繁昌したそうです。その社殿に一つの古い絵馬が懸けてありまして、絵馬は横幅が二尺四五寸、丈《たけ》が一尺三四寸で、一羽の白い鷹をかき、そのそばに慶安二二と書いてあります。慶安二二は即ち慶安四年で、由井正雪、丸橋忠弥らが謀叛《むほん》の年です。あからさまに四年と書かずに、わざと二二と書いたのは、二二が四という洒落《しゃれ》に過ぎないのか、それとも何かの意味があるのか、それはよく判りません。
 第一この絵馬には奉納|主《ぬし》の名が書いてないので、誰が納めたものか昔から判らなかったんですが、その慶安四年から六七十年の後、享保年間に八代将軍が当社へ参詣なされたことがあるそうで、その時にこの絵馬を仰いで、これは正雪の自筆であるぞと云われた。将軍はどうして正雪の書画を知っていられたか知りませんが、その以来、この絵馬は由井正雪の奉納であるという事になったんだそうです。そう判ったらば、正雪は徳川家の謀叛人ですから、その奉納の絵馬なぞは早速取り捨ててしまいそうな筈ですが、その後もやはり其の儘に懸けられてあったのを見ると、将軍が果たしてそんなことを云ったかどうだか、ちっと怪しいようにも思われますが、とも
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