出してみようじゃあねえか。朝の五ツ半(午前九時)までに大木戸へ行って待ち合わせていてくれ」
「承知しました」
亀吉は表へ出て、空を仰ぎながら云った。
「親分。あしたは確かに上天気……。星が降るように出ましたよ」
三
亀吉の予報は狂わないで、明くる二十八日の朝の空はぬぐうように晴れていた。三月末の俄か天気で、やがて衣更《ころもが》えという綿入れが重いようにも感じられたが、昔の人は行儀がいい、きょうから袷《あわせ》を着るわけにも行くまいというので、半七は暖か過ぎるのを我慢して出ると、神田から山の手へのぼる途中でもう汗ばんで来た。羽織をぬいで肩にかけて大木戸まで行き着くと、亀吉は約束通り待っていた。
「すこし天気が好過ぎるな。だが、まあ、降られるより優《ま》しだろう」
「そうですよ。きのうのようじゃあどうすることも出来ません」と、亀吉も羽織を袖畳《そでだた》みにしながら云った。
内藤新宿の追分《おいわけ》から角筈《つのはず》、淀橋を経て、堀ノ内の妙法寺を横に見ながら、二人は和田へ差しかかると、路ばたの遅い桜もきのうの雷雨に残りなく散っていた。
もう青葉だなどと話しながら
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