ってくれ。後日《ごにち》に何事が起っても、主人の首に縄が付いても、ここの店が引っくり返っても、決しておれを恨みなさんなよ。こんなことに係り合うのは真っ平御免だ」
さんざんに機嫌を損じたらしい彼は、あらあらしく畳を蹴って立ち去った。多左衛門はもちろん帰って来なかった。丸多の一家は不安のうちに雷雨の一夜を明かした。
「さて、これからどうしたらいいか」
途方に暮れたお才と与兵衛は更に額《ひたい》をあつめて相談の末、若い番頭の幸八を奥へ呼んだ。番頭といっても赤の他人ではなく、幸八はお才の遠縁にあたる者で、丸多の夫婦には実子が無いために、行く行くは彼を養子にすることに内定していたのであった。そういう関係から、幸八も今度の事件については一生懸命に働かなければならない立ち場に置かれていた。
この場合、何をどうするにしても、まず主人多左衛門のありかを探し出さなければならないので、知り合いの手先に頼んで内々で探索することになった。去年の暮れ、丸多の手代が懸け金の持ち逃げをした時に、手先の亀吉が調べに来て、与兵衛や幸八らとも顔馴染になっているので、幸八がその使を云い付かったのである。彼はその日の午後
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