や不満らしく話した。自分も好んでこんな事に係り合いたくは無いのであるから、お前の主人がいつまでも渋っているようならば、自分はもう手を引くのほかは無いと、彼は云った。
 それが一種の嚇しのように聞かれないでも無かったが、今この場合、万次郎にすがって何とか無事を図ってもらうのが近道であると考えたので、与兵衛は自分が責任を帯びて、その金を調達すると請け合った。但し旧家といい、老舗《しにせ》といっても、丸多の店の有金《ありがね》を全部をかき集めても二、三千両に過ぎない。そのほかの財産はみな地所や家作《かさく》であるから、右から左に金には換えられない。それを抵当にして他《よそ》から金を借り出すか、あるいは親類に相談して一時の立て換えを頼むか、二つに一つの都合を付けるまで猶予してくれと、彼は万次郎に嘆願した。
「それなら先ず有金を吐き出して置いて、地所や家作の抵当はあとの事にすればいいじゃあねえか。こっちは急ぎだ。ぐずぐずしていると、六日《むいか》の菖蒲《あやめ》になるぜ」と、万次郎は催促するように云った。
「しかし、有金を残らず差し出してしまいましては、店の商売が出来ません」と、与兵衛はいろいろ
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