何か模写しているようでした。その後に又来ましたが、今度は女ひとりで、やはり一心に写しているように見受けました」
その女の人相や風俗を訊きただして、半七と亀吉は寺僧らに別れた。
「その女というのは絵かきでしょうね」と、亀吉は云った。
「むむ。どうで偽物をこしらえるのだから、絵かきも味方に入れなけりゃあならねえ。男というのは絵馬屋の亭主で、女は出入りの絵かきだろう。これから帰ったら、その女を探ってみろ」
「ようがす。女の絵かきで、年ごろも人相も判っているのだから、すぐに知れましょう。そこで、大津屋はどうします。もう少し打っちゃって置きますか」
「どうで一度は挙げる奴らしいが、まあ、もう少し助けて置け。いよいよおれの鑑定通り、ここの絵馬が無事であるとすれば、大津屋の亭主は丸多をだまして、偽物を押し付けたに相違ねえ。それを知らずに偽物を後生《ごしょう》大事にかかえて、丸多の亭主は何処をうろ付いているのだろう。考えてみると可哀そうでもある。なんとかして早くそのありかを探し出してやりてえものだ」
「帰りに堀ノ内へ廻りますかえ」
「ついでと云っちゃあ済まねえが、ここらまでは滅多《めった》に来られねえ。午飯《ひるめし》を食ってお詣りをして行こう」
二人は堀ノ内へまわって、遅い午飯を信楽《しがらき》で食って、妙法寺の祖師に参詣した。その帰り路で、半七は又云い出した。
「おれは又、途中で考え付いたが、そのお城坊主の次男……万次郎とかいう奴は、大津屋の亭主とぐる[#「ぐる」に傍点]になっているのじゃあるめえかな。丸多が絵馬で半気違いになっているのに付け込んで、大津屋が先ず偽物でいい加減に儲けた上に、今度は万次郎が入れ代って、謀叛人の絵馬を云いがかりに、丸多を嚇しつけて何千両という大仕事を企《たくら》んだのじゃあねえかと思うが……。もしそうならば、重々|太《ふて》え奴らだ。しかしお城坊主の伜なんぞには随分悪い奴がある。下手《へた》をやると逆捻《さかね》じを喰うから、気をつけて取りかからなけりゃあならねえ」
元来た道を四谷へ引っ返して、大木戸ぎわの丸多の店へ立ち寄ると、主人多左衛門のゆくえは未だ知れないと番頭らは嘆いていた。
幸八を表へ呼び出して、半七はきょうの結果をささやいた。
「まあ、そういうわけだから、絵馬の一件は心配するほどの事はありません。だまされた人間もよくねえが、欺した
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