鴨が懸かればいいという料簡で、お開帳の盛り場へ網を張っていると、運悪くそこへ来かかったのが鍋久の連中で……。竹蔵は久兵衛の顔を見識っていて、あれは北新堀の鍋久の若主人だと教えたので、かねての手筈の通り、竹蔵が久兵衛の紙入れを掏《す》る、お節が声をかける、万事が筋書をそのままに運んで、首尾よくお節の嫁入りまで漕ぎ着けました。こう云うと、だまされた方がひどく迂濶のようにも思われますが、いつの世でも、欺されるというのは皆こんなものです。
しかし欺した方にも少し手ぬかりがある。お節が鍋久へ入り込んで、まず当分はおとなしくしていれば好かったんですが、お互いにその辛抱が出来なかったんでしょう。ひと月も経つとすぐに仕事に取りかかって、新次郎という若い者を色仕掛けで味方に抱き込んで、鍋久の土蔵から金を持ち出させたんです。いっぺんに大金をぬすんで逃げ出した方が好かったんでしょうが、大番頭ならば格別、小僧あがりの若い者では、大金のありかが判らなかったんだろうと思います。それでも二百両と百八十両、江戸時代では大金です。それが続いて紛失したんですから、鍋久でも捨て置かれず、内々で詮議を始めた。亭主の久兵衛は
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