ときから、空模様が少しく覚束《おぼつか》ないように思われたが、あしたは晦日《みそか》で店を出にくいというので、女中と小僧に傘を用意させて、母子は思い切って出て来たのであった。
来てみると、境内《けいだい》は予想以上の混雑で、雷門をはいるともう身動きもならない程に押し合っていた。こんな陰った日であるから、定めて混雑しないであろうと多寡《たか》をくくっていた鍋久の一行は、今更のように信心者の多いのに驚かされながら、ともかくも仲見世から仁王門をくぐると、ここは又一層の混雑で、鳩が餌《えさ》を拾う余地もなかった。
それでも、どうにかこうにか本堂へあがって、型《かた》のごとくに参詣をすませたが、ちょうど今が人の出潮《でしお》とみえて、仁王門と二天門の両方から潮《うしお》のように押し込んで来るので、帰り路はいよいよ難儀であった。鍋久の一行はその群衆に押されて揉まれて、往来の石甃《いしだたみ》の上を真っ直ぐに歩いてはいられなくなった。
「まあ、少し休んで行こう」と、母のおきぬは云い出した。彼女は少しく人ごみに酔ったらしいのである。
混雑のなかを潜《くぐ》って、四人はひとまず淡島《あわしま》の社
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